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ATを学ぶ 166回目

2013年 3月9日  目黒にて


最初にライダウンで手を受ける。
今日は3人同時のハンズオン。
手を受けることで身体全体を感じて下さい、と言われるが、今日はどうも身体の感覚が悪い。
眠いのか疲れがあるのか、ぼんやりした身体の状態。
頭と左右の脚や膝に手を感じるが、その手の部分だけが浮き上がる感じ。


4人が座って4人が順番にハンズオンをしていく。
最後にサキコさんにハンズオンをする。
手は悪くないが、手が触れてから自分のことを考えていると言われる。
先ずヘッドリードがあってそれが手の動きに繋がって、そのままで触れて、そのまま自分のことを思いながら触れるようにする。
確かにそんな感じがある。
と言うよりも、ハンズオンする前のヘッドリードがあって、『ヘッドリードから手の動きに繋がる時』に切れるような感覚がある。
手の動きを”作りだしている”ような感じがしてしまう時は、動きをやめるようにしているので、ヘッドリードと手の動きが始まることがつながらない。
手の動きだけが唐突に”意思”を持って始まるような気になる。


うっかりする。


ことが大切だと思う。
ヘッドリードが起こったと思った瞬間の手の動きの始まりを、うっかり見過ごしてそのままにし、手の動きをヘッドリードをなくさないままにつづけること。
最近のポイントだが、少し注意をする点が分かって来たような気がする。


次にハンズオンから歩きだす練習。
歩きだすのは頭が『上に』の延長で始まる。
けして『前に』ではなく『上に』の延長。
手の感覚としては、かなり上にいる感じ。
少しの動きじゃなくてフワリと浮くくらいまで上の感覚。


帰り道に考えた。
ヘッドリードから手が動きだしたり足が動きだしたり、全ての動きの始まりとしてそれがある。
ところがヘッドリードと手の動きが別々になって(感じて)しまう。
手の動きは”Doing”してしまいそうになって、それをやめようとしているかもしれない。
手の動きがヘッドリードとともにあるまま始まり繋がり続けるのを、ずっと感覚が覚醒したまま行うのが難しい。
それはたぶん、それらをやりながら『手をソフトにコントロールしながら使う』と言うことも考えているからかもしれないと思う。
手をソフトにコントロールするのは、手の辺りがぎこちなくならないようにとの思いから。
だとすれば、ハンズオンの手のコントロールを、アクティビティとして行ったと考えてみる。
そうすると、手のコントロール自体が問題ではなくて、ヘッドリードのことだけを考え続けることが大切と言うことになる。
そこだけを考えたままハンズオンをすれば良いと言うことになる。


あたりまえか。
でもそれがポイント。
つまり手のコントロールはしない。
ハンズオンをする時は、ヘッドリードのことだけを考え続けることが大切と言うことになる。
これひとつの結論と言うかあたりまえだけど真実だと思う。
明日やってみる。

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