ジュンキョウヤ先生
エムザブロウことジュンキョウヤ先生が1月7日の深夜亡くなられました。
80歳を眼の前にした死でした。
残念で残念で残念で、何をどう言って良いのやら分かりません。
ご冥福をお祈り…と、まだ、そんな気分にさえなれない状態です。
キョウヤ先生(今日はあえてそう書かせて頂きます。)は1964年にニューヨークに渡り、ニューヨークバレアートやルイジやアルビンエイリーで学び、帰国後にジュンキョウヤ派ジャズバレエカンパニィ(JBC)を結成、日本に本物のジャズを紹介し指導教育根付かせました。
JBCを発展的に解消しTOKYOZAダンスカンパニィを結成した後も、精力的に創作活動や後進の指導を続け、70歳を機に実父の故富沢猿三郎の名跡の一部を継承してエンザブロウと改名、以後はスローダンスを標榜してダンサーと振付家の共同作業としての作品作りをされていました。
僕は1980年代半ばにキョウヤ先生の一番弟子であったリツコヒキタ先生に師事をしてダンスを始めました。
その後は、JBCやTOKYOZAの試演会やTOKYOZAで開催されたスタジオ・パフォーマンス、そしてキョウヤ先生の作品に出させて頂くなどして近しくさせて頂いておりました。
最近は色々な武勇伝や伝説のような話を聞いたり、またこの50年位の時代のことを考えるにつれ、日本のダンスの歴史の中でも異色でしかも大きな大きな存在の方だと思っていました。
その先生の近くでダンスをさせて頂いたことは、僕にとっては一生の宝物だと思っています。
今日は武勇伝ではありませんが、キョウヤ先生の思い出話に少しつきあって下さい。
もう20年以上も前、何かの舞台の上げでキョウヤ先生とご一緒する機会ありました。
その日はミュージカルの振付演出を断って来たと言うお話をされていました。
今では誰もが知っているミュージカルの演出振付などの話が来たが、2つの理由で断ってしまったとのことでした。
そのミュージカルではヘリコプターを舞台上に飛ばすことになったらしいのですが、本物を飛ばすのであれば舞台の上にある梁(舞台上に左右に渡されている)を切れとキョウヤ先生が言ったところ、製作をする会社はそれは出来ないと言ってきたらしいのです。
新橋の方にある誰でも知っている大きな劇場だったと思います。
そして、これが決定的だったらしいのですが、キャストを決めるオーディションをするにあたって、主役だけは先に決まっていると製作の会社に言われたそうです。
それじゃ僕は出来ない、と言って断って来たそうです。
舞台の凄みキョウヤ先生の凄みを知った出来事でした。
これは卑近な話ですが、僕がTOKYOZAのスタジオパフォーマンスで作品を出させて頂いた時の話です。
6年程前に作った時の話。
作品の最初で女性が一人、僕を見てフンッと小馬鹿にしたようにあっちを向くと言う動きを作りました。
僕がジロジロ見たので、何この人みたいな雰囲気を出したかったんですが、これが中々はまらない。
ある時キョウヤ先生が来て、その部分を1回だけ見ただけで、「アラキそれは舌打ちさせたらどうだ。」と言われました。
女性に僕の方を見て、チッと舌打ちさせて反対方向を見るようにしてみました。
そうするとその部分だけでなく、作品全体が締まって全体のムードが違うものになったことがありました。
4年程も前の作品の時は、通し稽古の前日夜中にキョウヤ先生がふらりと現れました。
明日が通しだけどちょっと見るよ、とスタジオの入り口で腕組みしながら見ていらっしゃいました。
これも1回みただけで、作品途中のある部分のフォーエイト(4×8)位を、「あそこちょっともう一回見せて。」と言われました。
(※フォーエイトはその時は15~20秒位)
見ると、「ここは何とかならんの?あら木」と言われました。
確かに実は通し稽古に間に合わせるように、つぎはぎで繋げてしまったかな…と思っている部分でした。
「明日までまだ時間があるんだから。」と言われて、それから作り直しましたが、やっぱりその部分を作り直すことで、作品としては出来あがったと言う記憶があります。
あたりまえ過ぎてあえて言うことではありませんが、舞台やダンスを知り尽くしている方なんだと思った出来事でした。
言われて作り直してみた時は、本当にあっけにとられてしまいました。
8年前キョウヤ先生の70歳の誕生日の会に呼ばれました。
その席で「僕の自慢の一つはね、この年齢までダンス以外のことで稼いだことはないってことですよ。」と仰っていました。
確かに、1960年代から一度もダンス以外の仕事をしなかった人と言うのは、本当に数少ない人なんだと今にして思います。
大変な時代をダンスに捧げて来られたんだなと思います。
7~8年位前だと思います。
GINKO(銀狐)と言う平均年齢70歳位のダンスユニットに参加されていました。
GINKOはヨーロッパ各地で1カ月以上公演をされていましたが、その期間中ずっと毎日キョウヤ先生には日本のスタジオから電話が掛かって来ていたそうです。(GINKOのメンバーに聞きました。)
彼は愛されてるのねぇとそのメンバーの方は仰っていました。
これも7~8年前。
僕が知人のダンス作品でジャズ協の舞台に出たことがあります。
その作品はキョウヤ先生振付の作品でした。
振付・リハーサルが終わり本番が終わった後に、その作品の出演者とキョウヤ先生だけで小さな打ち上げを先生のお宅でやった時のことでした。
「リハーサル中には人間性を否定するような無視するようなことも言ったけど、それは良い作品を作るためであって、あんたがたが憎くて言っている訳ではないからね。」と仰っていました。
確かにリハーサルはかなり厳しいもので、体力的にもそうでしたが精神的にもそうでした。
しかしやはり舞台の凄みキョウヤ先生の凄みを再確認した出来事でした。
確か僕が52歳になった時だったか、フェイスブック上かツィッター上かで『そろそろ大人になるころかな。』と言われたのが印象的です。
一昨年の暮れには3日間で4回公演を、キョウヤ先生と同じ舞台に立つことが出来ました。
楽屋も同じで、少しずつではありますが、先生とお話することが出来ました。
まだまだ想い出はつきませんが、それは心にしまっておこうと思います。
上にも書きましたが、キョウヤ先生の作品のオリジナルキャストに1作品でもなれたことが宝物。
キョウヤ先生のところでダンスを学べたのが宝物。
キョウヤ先生と一緒の舞台に立てたことが宝物。
残念です。
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